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大阪地方裁判所 昭和63年(ヨ)548号 決定

主文

一  被申請人らは、別紙目録(一)記載の方法を用いて同目録(二)記載のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を製造し、販売し、販売のために宣伝、広告してはならない。

二  被申請人らは、別紙目録(三)記載の血栓症治療用製剤を製造し、販売し、販売のために宣伝、広告してはならない。

三  被申請人らは、第一項記載のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子及び第二項記載の血栓症治療用製剤の占有を解いて、これを申請人の委任する管轄地方裁判所所属の執行官に引き渡さなければならない。

四  右執行官は、右物件を保管しなければならない。

五  右執行官は、右物件を保管していることを公示しなければならない。

六  申請費用は被申請人らの連帯負担とする。

理由

第一申請の趣旨

主文第一ないし第五項と同旨。

第二当裁判所の判断

一  当事者間に争いがない事実及び当裁判所が疎明資料によって一応認定した事実は、次のとおりである。

1  申請人の権利

申請人は、左記の特許権(以下「本件特許権」といい、各発明を一括して「本件発明」という。)を有する。

(一) 発明の名称 組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子

(二) 出願日 昭和五八年五月六日(特願昭五八―七九二〇五)

(三) 優先権主張

(1) 一九八二年(昭和五七年)五月五日

(2) 同年七月一四日

(3) 一九八三年(昭和五八年)四月七日

の各アメリカ合衆国特許出願(以下、順次「米国第一出願」、「米国第二出願」、「米国第三出願」という。)に基づく優先権主張(以下、順次「第一優先権」、「第二優先権」、「第三優先権」という。)

(四) 出願公告日 昭和六二年四月一五日(特公昭六二―一六九三一)

(五) 登録日 平成三年一月三一日

(六) 登録番号 第一五九九〇八二号

(七) 特許請求の範囲(以下「本件特許請求の範囲」という。)

「1 ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する、以下の特性:

1)プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する

2)フィブリン結合能を有する

3)ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す

4)クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する

5)一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得る

を有する、ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子であって、以下の部分的アミノ酸配列を含んでいる活性化因子:

別紙目録(四)記載の部分的アミノ酸配列。

2  ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNAで形質転換されたヒト細胞以外の宿主細胞を、該DNAの発現可能な条件下で培養して、以下の特性:

1)プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する

2)フィブリン結合能を有する

3)ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す

4)クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する

5)一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得る

を有し、以下の部分的アミノ酸配列:

別紙目録(四)記載の部分的アミノ酸配列

を含んでいる組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を産生させ、次いで該組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を回収することを特徴とする、ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の製造方法。

3  ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する、以下の特性:

1)プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する

2)フィブリン結合能を有する

3)ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す

4)クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する

5)一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得る

を有し、以下の部分的アミノ酸配列:

別紙目録(四)記載の部分的アミノ酸配列

を含み、ヒト由来の他のタンパクを含有しない組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子の治療上有効量を、

薬剤上許容し得るキャリヤーと混合して含有する血栓症治療剤。」

2  本件発明の概要

(一) 本件特許請求の範囲は、前示のとおり三項からなるが、第一項は、「組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」という物の発明(以下「第一発明」という。)であり、第二項は、組換DNA技術を用いて「組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」を製造する方法の発明(以下「第二発明」という。)であり、第三項は、「組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」を有効成分とする血栓症治療剤という医薬の発明(以下「第三発明」という。)である。

本件特許請求の範囲各項に共通の「組換」とは組換DNA技術を用いて得られるということであり、「ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子」とはヒト(人)の持っている組織プラスミノーゲン活性化因子産生の遺伝子に由来する組織プラスミノーゲン活性化因子であるということであるから、結局、本件発明は、組換DNA技術を用いて得られるヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に関する三つの発明からなるということになる。

(二) 組換DNA技術とは、例えばヒト細胞の持っているインシュリンやインターフェロンなどの有用物質を効率的に人体外で量産する場合に応用される技術であって、遺伝子組換技術ともいい、有用物質生産のための遺伝情報(DNA断片)を組込んだベクター(目的とする遺伝情報を持つDNA断片の運び屋として用いられるもので、プラスミドもその一種である。)を増殖能の大きい大腸菌や酵母等の宿主細胞に導入して形質転換し、形質転換宿主細胞を培養して有用物質を産生させ、かくして生産された有用物質を培養培地及び宿主細胞から分離回収する技術である。

(三) ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子は、蛋白質の一種であり、tPA又はt―PAと略称されるが、これはTissue Plasminogen Activatorの略語であり(以下、略称の「t―PA」で表記することとする。)、ヒトの血中において、プラスミンの前駆体たるプラスミノーゲンに働きかけてプラスミンに変換し、このプラスミンが血栓(血管内で線維素〔フィブリン〕という難溶性の蛋白質が集って不溶性の線維素網を作ることによって生じる凝血塊)を形成している線維素を溶解して、線維素網を除去することによって血栓症を治癒せしめるという機能(線維素溶解能)を有するプラスミノーゲン活性化因子の一種である。

3  本件発明の技術的課題の解決

本件特許明細書中には、DNA技術を用いてt―PAを製造するための主要な技術事項として、(一) 全長t―PAのcDNAのヌクレオチド配列及びそれから推定されるアミノ酸配列(全長t―PAに対応するcDNAの開始コドン〔ATG〕から停止〔終止〕コドン〔TGA〕に至るヌクレオチド配列及びそれから推定される別紙目録(五)記載のマイナス三五番のメチオニンから五二七番のプロリンに至る五六二個の全アミノ酸配列を含む。)、(二) ヒトメラノーマ細胞から得られたt―PAmRNAを起源とするt―PAcDNAを組込んだ発現ベクターを構築し、このベクターで大腸菌又はCHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞)を形質転換し、この形質転換細胞を培養し、増殖させてt―PAを産生させる各工程の具体例、(三) この具体例によりt―PAが充分量産生したこと、(四) 産生したt―PAが天然t―PAと同様の生理活性(後記特性①、③)を有することを確認したことが記載されている。

そして、右記載内容を含む本件特許明細書の全記載及び全図面(第1~第16図)を総合すれば、本件発明は、組換DNA技術によってt―PAを製造する際に必須のtーPAの全アミノ酸配列を解明し、当業者であれば天然t―PAに代えて組換DNA技術によって充分な量のt―PAを実際に入手できる具体的な技術情報を開示し、医薬品(血栓溶解剤)としての市場認可に先立って必要とされる動物実験及び臨床実験を遂行するのに充分な質及び量のt―PAを製造することを実施可能にし、本件発明が技術的課題とした事項(組換DNA技術に関する公知の知見を基にして、組換DNA技術によるt―PAの充分な量の生産及びt―PAの血栓溶解剤としての開発すること)を解決した。

4  本件発明の構成要件

本件第一ないし第三発明の構成要件の分説は、次のとおりになる。

(一) 第一発明の構成要件

(1) ヒト細胞以外の宿主細胞が産生する(条件①)、ヒト由来の他のタンパクを含有しない(条件②)、

(2) プラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能を有する(特性①)、フィブリン結合能を有する(特性②)、ボーズ(Bowes)メラノーマ細胞由来のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子に対する抗体に免疫反応を示す(特性③)、

(3) クリングル領域およびセリンプロテアーゼ領域を構成するアミノ酸配列を含有する(特性④)、一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得る(特性⑤)、

(4) 別紙物件目録(四)記載のアミノ酸配列(以下「本件部分的アミノ酸配列」という。)を含む、

(5) 組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子(t―PA)。

(二) 第二発明の構成要件

(1) 組換DNA技術を用いて、ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子をコードしているDNAで形質転換されたヒト細胞以外の宿主細胞を、該DNAの発現可能な条件下で培養して、次いで該組換ヒト組織プラスミノーゲン活性化因子を回収することを特徴とする、

(2) 第一発明のt―PAを産生する製造方法。

(三) 第三発明の構成要件

(1) 第一発明のt―PAを有効成分として含有させた、

(2) 血栓症治療剤。

5  被申請人らの行為

被申請人東洋紡績株式会社(以下「被申請人東洋紡」という。)及び同株式会社東洋紡医薬(以下「被申請人東洋紡医薬」という。)は、共同して、業として、別紙目録(一)記載の方法(以下「イ号方法」という。)を用いて同目録(二)記載のヒト組織プラスミノーゲン活性化因子(以下「イ号物件」という。)及び同目録(三)記載の血栓症治療用製剤(以下「イ号製剤」という。)を製造し、これを販売し、右販売促進のための宣伝活動をしている(なお、被申請人東洋紡は、第一製薬株式会社とイ号製剤の販売契約を締結して、平成三年五月から、同社を発売元とし「プラスミナー」との商品名でイ号製剤を販売している。)。

6  本件発明とイ号物件、イ号方法及びイ号製剤との対比

イ号物件は第一発明の構成要件、イ号方法は第二発明の構成要件、イ号製剤は第三発明の構成要件をそれぞれ充足し、本件発明の技術的範囲に属する。

二  (被申請人らの主張)

右一6につき、被申請人らは、次のとおり主張する。

1  本件発明には、特許無効の審判を受けるべき事由((一) 新規性の欠如〔本件特許権請求の範囲各項に記載された五つの特性は、米国第一出願日以前にボーズメラノーマ細胞由来のものとして取得され既に公知のものである天然t―PAが具備している特性と同じであること等〕、(二) 新規性の喪失〔米国第三出願の際におけるアミノ酸配列の変更による第一、第二優先権主張の不許〕、(三) 発明未完成〔本件特許明細書記載の三種のt―PAの発現例はいずれも未創製〕)が存するから、本件特許請求の範囲の記載文言そのままのものに基づいて本件発明の技術的範囲を定めることは許されず、本件発明の技術的範囲は、本件特許明細書に開示された事項、出願時の技術水準及び申請人の意思表示(申請人自らが本件発明に新規性、進歩性があると主張している事項)等を考慮したうえで限定的に定められなければならない。

2  右諸事実を基礎にして考えると、本件発明の技術的範囲は、左記(一)ないし(三)の構成要件を具備するものに限定されることになる。

(一) 第一発明の構成要件

(1) CHO(チャイニーズハムスター卵巣)細胞を宿主細胞として使用して組換DNA技術によって得られた、

(2) CHO細胞由来の來雑タンパクを含有し、

(3) アミノ末端がセリンから始まる五二七個のアミノ酸から構成され、

(4) 糖鎖末端部に露出した多量のβ―結合型ガラクトース及び二―三結合型シアル酸のみを有し、

(5) アミノ酸配列における二七五番のアルギニンと二七六番のイソロイシンとの間で蛋白質が開裂した二本鎖タンパクとして存在する、

(6) t―PA。

(二) 第二発明の構成要件

(1) ボーズメラノーマ細胞から本件発明者らがクローニングして得たボーズメラノーマ細胞由来のt―PAcDNAを使用し、

(2) 宿主細胞としてCHO細胞を使用して、

(3) 組換DNA技術によって第一発明のt―PAを製造する方法。

(三) 第三発明の構成要件

(1) 第一発明のt―PAを薬効成分として含有する、

(2) 血栓症治療剤。

3  イ号物件、イ号方法及びイ号製剤の構成は、左記(一)ないし(三)のとおりであり、それぞれ対応する本件発明とは構成(t―PAの遺伝情報を提供する細胞〔起源となるt―PA遺伝子〕、宿主細胞、アミノ酸配列、糖鎖構造、鎖構造)を異にする。しかも、右構成の相違により、左記(四)、(五)の薬効上有意な作用効果の差違を生じるから、イ号物件、イ号方法及びイ号製剤が本件発明の技術的範囲に属さないことは明らかである。

(一) イ号物件の構成

(1) マウスC127細胞を宿主細胞として使用して組換DNA技術によって得られた、

(2) CHO細胞由来の夾雑タンパクを含有せず、

(3) 主としてアミノ末端がグリシンから始まる五三〇個のアミノ酸から構成され、

(4) 糖鎖末端部に露出したβ―結合型ガラクトースを殆ど有さず、α―結合型ガラクトース及び二―三結合型シアル酸を有し、

(5) 一本鎖タンパクとして存在する、

(6) t―PA。

(二) イ号方法の構成

(1) ヒト正常子宮組織からクローニングして得たヒト正常子宮組織由来のt―PAcDNAを使用し、

(2) 宿主細胞としてマウスC127細胞を使用して、

(3) 組換DNA技術によってイ号物件を製造する方法。

(三) イ号製剤の構成

(1) イ号物件を薬効成分として含有する、

(2) 血栓症治療用製剤。

(四) 効果(触媒能)の差違

イ号物件(構成(3))と第一発明のt―PA(構成要件(3))とではアミノ末端のアミノ酸三個が相違するため、フィブリン存在下では、イ号物件の方が第一発明のt―PAよりプラスミノーゲンをプラスミンに変換する触媒能(固相線溶)が大きいのに対し、イ号物件(構成(5)・一本鎖)と第一発明のt―PA(構成要件(5)・二本鎖)とでは鎖の構造が相違するため、逆にフィブリン非存在下では、イ号物件の方が第一発明のt―PAより触媒能(液相線溶、すなわち全身出血傾向という副作用)が小さくなる。

(五) 薬物動態(体内滞留時間)の差違

イ号物件(構成(4))と第一発明のt―PA(構成要件(4))とでは糖鎖構造が相違するため、イ号物件の方が第一発明のt―PAより代謝分解され難く体内滞留時間が長くなる。

三  (被申請人らの主張についての判断)

1  無効事由・技術的範囲

しかしながら、

(一) 被申請人ら援用の疎明資料は、本件発明の新規性を否定する資料足り得ないから、新規性の欠如に関する被申請人らの主張は採用できない。

(二) 疎明資料によれば、本件特許明細書第5図(別紙目録(五))に示す塩基配列(アミノ酸配列)は、実質的には米国第一出願明細書第5図に開示されていたものと同じであると一応認められるから、米国第三出願前である一九八三年(昭和五八年)一月二〇日に、本件発明者らの「ヒト組織型プラスミノーゲン活性化因子cDNAのクローニングと大腸菌における発現」と題する報文を掲載したネイチャー誌が発行されたことにより、本件発明が新規性を喪失することはない。被申請人ら援用の疎明資料は、右認定を左右するものではないから、新規性の喪失に関する被申請人らの主張は採用できない。

(三) 疎明資料によれば、本件特許明細書のE.1.G’E.1.I’E.2.B及びE.3.B各項に記載の実施例(以下、順次「発現例①」、「発現例②」、「発現例③A」及び「発現例③B」という。)のうち、(1) 発現例①、すなわち本件部分的アミノ酸配列(本件特許明細書第5図〔別紙目録(五)〕記載のアミノ酸配列のうち六九番から五二七番までのアミノ酸配列)を有する蛋白質をコードする遺伝子を組込んだ発現プラスミド「p△RIPA゜」を用いた大腸菌由来の蛋白質、(2) 発現例②、すなわち別紙目録(五)記載のアミノ酸配列のうち一番から五二七番までのアミノ酸配列(以下「本件全長アミノ酸配列」という。)を有する蛋白質をコードする遺伝子を組込んだ発現プラスミド「ptーPAtrp12」を用いた大腸菌由来の蛋白質、(3) 発現例③B、すなわち本件全長アミノ酸配列を有する蛋白質をコードする遺伝子を組込んだ発現プラスミド「pETPFR」を用いたCHO細胞(チャイニーズハムスター卵巣細胞)由来の蛋白質は、いずれも創製されたものと一応認められる。被申請人ら援用の疎明資料は、右認定を左右するものではないから、発明未完成に関する被申請人らの主張は採用できない。従って、本件発明の技術的範囲は、前記一4に示したように本件特許請求の範囲に記載された全ての事項を要件とするものと解釈すべきである。

2  技術的範囲の属否

(一) 起源となるt―PA遺伝子

ヒトのt―PA遺伝子は一個であるから、その遺伝子がヒトのどの組織に由来するものであっても、その遺伝情報たるDNAの塩基配列は同じである。第一発明は起源となるt―PA遺伝子を限定していないから、イ号物件がヒト正常子宮組織のt―PA遺伝子を起源としていることは、第一発明の技術的範囲に含まれることを否定する根拠足り得ない。

(二) 宿主細胞

イ号物件は宿主細胞としてマウスC127細胞を使用するものであるが、第一発明は、宿主細胞としてヒト細胞以外の真核細胞及び原核細胞(構成要件(1)の条件①)を使用するものであるからマウスC127細胞もこれに含まれることは明らかである。

(三) アミノ酸配列・鎖構造

イ号物件は、五二七個のアミノ酸残基からなるものも、五三〇個のアミノ酸残基からなるものも、いずれも本件部分的アミノ酸配列を含んでいるから、イ号物件は、当然本件特許明細書第5図(別紙目録(五))記載の二七五番のアルギニン、二七六番のイソロイシンをそのアミノ酸配列中に有している。イ号物件が全て一本鎖構造を有するタンパクであるとしても、イ号物件は右アルギニンとイソロイシンとの間がタンパク分解酵素によって分解されて二本鎖構造のものとなり得るから、イ号物件は、特性⑤(一本鎖または二本鎖タンパクとして存在し得る)を有することは明らかである。

(四) 糖鎖構造

第一発明は、糖鎖を構成要件としていないが、宿主細胞としてヒト細胞を除外していることから(構成要件(1))、ヒト細胞が産生する糖鎖を有するt―PAは含まれないものであることは明らかである。被申請人ら主張のイ号物件の糖鎖について見るに、右糖鎖の構成は、宿主細胞のマウスC127細胞によって形成された糖鎖の先端部分(糖鎖のコアの外側に結合する部分)を特定するものである。しかし、マウスC127細胞は第一発明の宿主細胞に含まれることは前示のとおりであるから、イ号物件の糖鎖構造を理由に、イ号物件が第一発明の技術的範囲に含まれないと解することはできない。

(五) 薬効

被申請人らの薬効に関する主張は、イ号物件ないしイ号製剤と本件発明の構成要件とを対比するのではなく、本件発明の実施品(申請人が米国で市販しているt―PA製剤「アクチバーゼ」)及び本件特許明細書記載の実施例による産生物とを対比しているにすぎないこと、被申請人らにおいて薬効が優れていると主張している事項はいずれも医薬品の分野において同質の範疇に属する事項にすぎないことに照し、採用できない。

四  (結論)

以上によれば、被申請人らの前記一5の各行為のうち、イ号物件及びイ号製剤の製造・販売は本件特許権を侵害する行為であり、イ号物件及びイ号製剤の所有、並びにイ号物件又はイ号製剤の販売のための宣伝広告はいずれも本件特許権を侵害するおそれのある行為であるから、申請人は、本件特許権に基づく右各行為の差止請求権並びに被申請人ら所有のイ号物件及びイ号製剤廃棄請求権(被保全権利)を有する。

また、疎明資料によれば、協和醗酵工業株式会社及び三菱化成株式会社は、申請人から本件発明に係る技術を導入して共同開発し、申請人から原料(原体)の提供を受けて製造している血栓溶解剤(血栓症治療用製剤)を、平成三年五月から、「アクチバシン」(協和醗酵)、「グルトパ」(三菱化成。但し、発売元は田辺製薬株式会社)との商品名で販売しており、本件発明の実施品がイ号製剤と医薬品市場で競合していることが一応認められる。従って、被申請人らの右各行為を放置すれば、申請人は、多大の損害を被るおそれがあるから、これを差止める必要(保全の必要性)がある。

よって、申請人に代わり品川澄雄に前記の保証を立てさせたうえで、主文のとおり決定する。

〈編注:原文に裁判官名の記載なし。〉

別紙目録(一)~(三)は本書四七五・四七六頁の目録(一)~(三)と同一

別紙目録(四)、(五)は省略

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